佐毘𧶠山神社鳥居

狭姫(サヒメ)伝説

穀物の種を伝えた狭姫(サヒメ)

むかし、朝鮮半島から日本へと大海原を一羽の赤い雁が飛んできた。その背中には、狭姫という小さな神様が乗っていた。 そしてその手には、母親の大宜都姫(オオゲツヒメ)から形見として手渡された稲・麦・豆・粟・ヒエの五穀の種がしっかりとにぎられていたんじゃ。
「わしが死んだら、わたしの体から穀物の種が生えるから、おまえはそれを持って当方の日本に行って暮らしなさい。」。
母親が乙子(末っ子)の狭姫に残した遺言じゃった。赤い雁に乗った狭姫は、はじめに見つけた小さな島に降りようとしたんじゃが、
「ここでは魚を捕って食うから種はいらん。」といって断られたんじゃ。
それで再び雁の背に乗った狭姫は、比礼振山にやって来て、その里の人たちに種を分けたちゅうことじゃ。
種を伝えたから「種」という名前が付けられ「赤雁」の地名も赤い雁が降りたことから付けられたということじゃ。
出典 「益田の民話」より

天道山

 赤い雁に乗った、狭姫という神さんが天からこの山へ降りて来んさった。それからこんどは乙子のお宮へ行きんさったちゅうんです。
それで、この山は、ちょうど天から神さんが降りてこられる道筋にあたるから、天道山という名前がついたという話です。
出典 「益田の民話」より

大蛇のあと

 むかしの乙子の権現さんの道は、都茂鉱山から鉱石を馬で運ぶ往還じゃった。
ある日、益田で用事を済ませた人が、権現さんの道に通りかかると眠とうなったので、大けないわの上で一休みしんさった。その時、長さ十二尺(約3.6メートル) 、直径は一尺(約30センチメートル)ぐらいの大蛇が出てきた。
そのあまりの大きさに身震いがして動きがとれんようになった。
そのとき、蛇は煙草が嫌いなのを思い出して、そっと煙草に火をつけ吸い始めた。そうしよったら大蛇が向きを変えて逃げ去ったというんじゃあ。
わしも若い頃、わらびを取りに行って、大蛇が這うたように草がなびいているのを見てたまげたことがある。
出典 「益田の民話」より

比礼振山の岩清水

 比礼振山の大きな岩にね。凹みがあるんじゃ。この方のことばでタンポと言うんじゃが、そのタンポの水はどんなに日照りが続いても水が干(ひ)んといね。 そいじゃけぇ、みんなが言うには、そのタンポから水が湧いて出るんじゃろうと。
ところが、その水は、ばく大薬効があるといね。子どものあせもにも効くし、目につけると目がよくなるちゅう。それで、昔は、そのタンポの水がとても大事にされて、 瓶に入れて帰る人がじょうにおったと。
今でもおいしい水じゃちゅうて、たくさんの人がその水をくみにきんさるんじゃ。
出典 「益田の民話」より

権現山と大麻山の背くらべ

 乙子の権現山には杉のきがいっぱい生えていたんじゃ。
浜田の大麻山は石ころの山じゃった。
ある日のこと、「おまえたあ、わしの方が背がたかいぞ。」権現山の神様は、自分の山に生えていた杉をぬいちゃあ放り、抜いちゃあ放りしたんじゃ。
大麻山の神様は、自分の山の石を、拾うては投げ、拾うては投げたんじゃ。
このふたりの神様のけんかは、どっちが勝ってどっちが負けたかは知らんがのう。
このけんかがもとで、権現山には石ころが多いというんじゃよ。
出典 「益田の民話」より